SALMON MUSEUM サーモンミュージアム

サケの回遊ルート

サケが降海後に外洋を回遊することはよく知られた事実ですが、全生活史にわたる回遊ルートは、いまだに不明な部分が少なくありません。しかし、近年、新しい識別法の開発により、その全貌が急速に解明されつつあります。ここでは、日本系シロサケの回遊ルートについて、これまでの研究成果を踏まえて紹介します。

いまだに不明な点が多いサケの回遊ルート

 よく知られているように、サケは、降海後に外洋を回遊し、十分成熟した数年後に母川に回帰します。しかし、その回遊ルートは、意外にも、謎のベールに包まれたままの部分が少なくありませんでした。

 例えば、日本系シロサケ(※1)に関しては、20世紀後半以降、標識放流(※2)などの手法により、その海洋分布が精力的に調査されてきました。しかし、標識放流法には、放流地点が限られていることや、再捕獲される魚はほとんど母川回帰した成魚で、幼魚や未成魚に関する情報が得られないなどの制約があります。日本系シロサケの全生活史にわたる回遊ルートを標識放流法で明らかにすることは困難だったのです。

 近年、急速に進歩した遺伝的系群識別法は、この問題を解決する突破口をもたらしました。遺伝的系群識別法とは、遺伝子パターンが地域集団ごとに異なる点を利用して、捕獲した魚がどの地域集団に属しているかを推定する手法で、幼魚や未成魚など、これまで情報が得にくかった生活期のサケにも適用することができます。

 遺伝的系群識別法が、日本系シロサケの回遊ルートの解明に適用され始めたのは1990年代です。まだ歴史が浅いため、幼魚の回遊ルートなど不明な点が少なくないものの、その全貌は近年急速に明らかにされつつあります。これ以降、これまでの研究成果を踏まえ、日本系シロサケの回遊ルートについて紹介していきます。


北アメリカのベニザケの回遊ルート


北アメリカのカラフトマスの回遊ルート


アトランティックサーモンの回遊ルート

※上記の回遊ルートは、「ザ・サーモン」A・ネットボーイ著、同文書院、1978年発行から、ベニザケ、カラフトマス、アトランティックサーモンの回遊パターンを改図したものです。

ベーリング海とアラスカ湾が重要な生活空間

 日本系シロサケの幼魚は、春、雪解け水とともに海に降り、1~3カ月間、河口近くの沿岸部で生活します。この間に、遊泳能力や餌を捕獲する能力が養われ、寒流が離岸する初夏までには、オホーツク海へと回遊します。割合閉ざされた海域であるオホーツク海は、餌が豊富、競合種が少ないなどの特色があります。不思議なことに幼魚は、こうしたオホーツク海の特性を本能的に知っているのです。

 オホーツク海に晩秋まで滞在した幼魚は、北太平洋西部へ回遊し、そこで最初の冬を越します。この時期の北太平洋西部の表面水温は4~5℃です。サケはなぜ冬季に比較的水温の低い海域を好むのか、まだ定説はありませんが、低水温に身をさらし、代謝活性を抑えるためと推定されています。

 翌年の春季になると、幼魚はベーリング海に回遊し、「兄貴分」たち(日本系シロサケの成魚、未成魚)と合流して、秋季まで過ごします。ベーリング海は、春~秋季にかけて、日本系シロサケが好んで過ごす海域で、ここで回遊しながら餌を捕獲し、大きく成長していくのです。

※シロサケの回遊ルートは、さけ・ます資源管理センターニュースNo.5(2000年3月)の「日本系サケの回遊経路と今後の研究課題」より改図したものです。

 11月頃になると、ベーリング海を南下してアラスカ湾に入り、ここで越冬します。そして、その後は、春季になったらベーリング海、冬季になったらアラスカ湾といった具合に2つの海を行き来し、平均して4歳前後の頃にベーリング海で成熟魚になります。なお、成熟魚としてベーリング海で最後の夏を迎える頃、成熟魚はベーリング海から千島列島沿いに南下し始め、9~12月頃、日本沿岸にある、それぞれの母川に回帰していきます。

 私たちにとって、ベーリング海やアラスカ湾は、日本から遠く離れた海にしかすぎません。しかし、日本系シロサケにとっては、その生涯の大半を過ごす、きわめて重要な生活空間なのです。


(※1)北太平洋産のシロサケは、日本系、ロシア系、アラスカ系、ブリティッシュ・コロンビア系、ワシントン系という5つの地域集団に分類できます。なお、マスノスケ、ベニザケなどは、独立した集団の単位が河川や支流ごとになり、個体群の分類がシロサケよりも複雑になります。
(※2)捕獲した魚に標識を付けて放流する手法です。標識を付けた魚が再捕獲されれば、その起源や分布などの情報を得ることができます。

参考文献
[1]帰山 雅秀、最新のサケ学、成山堂書店、2002年
[2]浦和 茂彦、日本系サケの回遊経路と今後の研究課題、さけ・ます資源管理センター ニュース、[No.5、2000年3月]